特許明細書では、装置の構成要素として「制御部」「処理部」「判定部」などを設け、その機能を記載することがあります。
例えば、
制御部は、センサから取得した情報に基づいてモータを制御する。
といった記載です。
このような機能的な記載については、明確性や開示の十分性、権利範囲の解釈など、さまざまな観点から検討する必要があります。
本記事では、そのうち米国出願における35 U.S.C. §112(f)(means-plus-function)の観点から、「制御部」を明細書にどのように記載しておくべきかを考えます。
原文明細書でまず記載しておきたいこと
結論からいうと、米国出願を予定する場合には、単に、
制御部は、○○を実行する。
と記載するだけではなく、「制御部」がプロセッサ等によって実現されることを明細書に記載しておくことが重要です。
例えば、
制御部は、プロセッサおよびメモリを備える。メモリには、プロセッサによって実行されるプログラムが記憶される。プロセッサは、当該プログラムを実行することによって、制御部の各機能を実現する。
といった記載です。
さらに、発明上重要な機能については、単にプロセッサを開示するだけではなく、プロセッサがどのような処理を行うことによって、その機能を実現するのかまで記載しておくことが重要です。
例えば、
制御部は、画像に基づいて対象物の位置を決定する。
という機能が発明上重要なのであれば、
プロセッサは、撮像部から画像を取得し、取得した画像から対象物の特徴点を抽出し、抽出された特徴点に基づいて対象物の位置を決定する。
などと、その機能を実現する処理についても説明しておくことが考えられます。
つまり、ポイントは、
「制御部」のハードウェア上の実体を記載すること
に加えて、
発明上重要な機能について、その機能を実現する処理を記載すること
です。
なぜ、このような記載が米国出願において重要になるのでしょうか。
その理由の一つが、35 U.S.C. §112(f)に規定される、いわゆるmeans-plus-functionです。
means-plus-functionとは
35 U.S.C. §112(f)は、クレームの構成要素について、具体的な構造を記載する代わりに、その構成要素が実行する機能によって記載することを認めています。
典型的には、
means for performing X
といった記載です。
ただし、このような記載によって「Xを実行するすべての構造」を広くカバーできるわけではありません。
§112(f)では、このようなクレーム要素は、明細書に記載された対応するstructure、materialまたはactと、そのequivalentsをカバーするものとして解釈されます。
MPEP §2181も、§112(f)が適用されるクレーム限定について、明細書に記載された対応構造等とそのequivalentsを基準として解釈することを説明しています。
MPEP §2181 – Identifying and Interpreting a 35 U.S.C. 112(f) Limitation
したがって、§112(f)が適用されると、クレームされた機能を実行する具体的な構造が明細書にどのように開示されているかが重要になります。
「means」を使っていなくても§112(f)が適用される場合がある
ここで注意したいのは、クレームに「means」という単語を使用していなければ§112(f)とは無関係、とは限らないことです。
MPEP §2181では、§112(f)を適用するかについて、次の3つの観点から判断することが説明されています。
means、step、またはそれらに代わるgeneric placeholderが使用されていること- その語がfunctional languageによって修飾されていること
- その機能を実行するための十分なstructure、materialまたはactがクレームに記載されていないこと
そして、meansに代わるgeneric placeholderとなり得る語として、MPEP §2181では、mechanism、module、device、unit、component、elementなどが例示されています。
したがって、例えば、
a control unit configured to perform X
というクレームであっても、meansを使用していないという理由だけで、§112(f)が適用されないとは限りません。
もちろん、unitを使用すれば直ちに§112(f)が適用されるという意味ではありません。
クレームで使用されている語が、当業者にとって、その機能を実行するための十分に明確な構造を意味するかどうかなどを踏まえて判断されます。
Williamson事件で問題となった「module」
この点について重要な判例が、Federal CircuitのWilliamson v. Citrix Online, LLCです。
この事件で問題となったクレームには、
distributed learning control module
という文言が使用されていました。
meansという単語は使用されていません。
しかし、Federal Circuitは、moduleがクレームされた機能を実行するための十分に明確な構造を意味するものではないとして、§112(f)を適用しました。
Williamson v. Citrix Online, LLC(Federal Circuit, 2015)
このため、「meansを使用していないから、means-plus-functionではない」と単純に考えることはできません。
日本語明細書における「制御部」「処理部」「判定部」などが、米国出願時にcontrol unit、processing unit、determination unitなどと翻訳される場合にも、この問題を意識する必要があります。
§112(f)が適用されると、明細書の対応構造が問題になる
§112(f)が適用された場合、次に問題となるのが、クレームされた機能に対応する構造が明細書に開示されているかです。
例えば、
a control unit configured to perform X
について§112(f)が適用された場合には、
Xという機能を実行するcorresponding structureは何か
を明細書から特定することになります。
十分な対応構造が開示されていれば、その構造およびそのequivalentsを基準としてクレームを解釈できます。
一方、クレームされた機能に対応する十分な構造が明細書に開示されていない場合には、§112(b)のindefinitenessの問題が生じる可能性があります。
したがって、「制御部」という名称を設け、その機能だけを説明するのではなく、その制御部が具体的に何によって実現されるのかを明細書に記載しておくことが重要になります。
「プロセッサ」と書くだけで十分とは限らない
そこで、
制御部は、プロセッサによって構成される。
と記載しておけば十分ではないか、と考えることもできます。
しかし、コンピュータによって実行される機能について§112(f)が適用される場合には、general-purpose computerやprocessorを開示するだけでは、十分なcorresponding structureにならない場合があります。
クレームされた機能を実行するためにコンピュータを特別にプログラムする必要がある場合には、その機能を実行するためのalgorithmの開示が問題となります。
ここでいうalgorithmは、ソースコードで記載する必要があるという意味ではありません。
MPEP §2181では、algorithmは、数式、文章、フローチャートなど、当業者がその構造を理解できる形で開示することができると説明されています。
したがって、発明上重要な機能については、
制御部はXを実行する。
という機能の記載だけではなく、例えば、
入力Aを取得する
Aに対して処理Bを行う
処理結果Cを生成する
Cに基づいて対象Dを制御する
など、その機能を実現する処理を具体的に説明しておくことが重要です。
これが、冒頭で、
「制御部」がプロセッサ等によって実現されることだけでなく、発明上重要な機能を実現する処理まで記載しておくことが重要
と述べた理由です。
実務上、筆者は、制御系の発明については、原則として処理の流れをフローチャートで示したうえで、各ステップの処理内容を文章で説明するようにしています。 フローチャートによって処理の流れを明確にしつつ、文章によって各処理の具体的な内容や条件を補足できるためです。
もちろん、発明の内容によっては、数式を用いて処理内容を説明することが適切な場合もあります。ただし、数式によってalgorithmを具体化すると、その数式が§112(f)におけるcorresponding structureとしてクレーム解釈に影響する可能性があります。 また、数学的関係、数式、数学的計算は、米国の発明適格性(35 U.S.C. §101)においても問題となり得ます。そのため、数式を用いる場合には、§112(f)によるクレーム解釈や§101などへの影響も含めて、その開示の仕方を検討するようにしています。
機能を実現する処理の記載は、日本でも重要
なお、発明上重要な機能について、その機能を実現する具体的な処理を明細書に記載しておくことは、米国の§112(f)への対応だけを目的とするものではありません。
日本においても、発明の技術思想を上位概念的に記載するだけでなく、その技術思想を実際の製品に実装した場合に、どのような処理や動作となるのかを想定して明細書を作成することは重要です。
筆者は以前、制御系の特許権侵害訴訟における原告敗訴事例を分析し、権利行使に資する制御系明細書を作成するための留意点を整理しました。
そこでは、例えば、
- 他の制御が併用されたことによる動作のずれ
- クライアント・サーバ間での処理の実行主体の違い
- 中間データが介在するかどうかの違い
- 処理の実行手順の違い
などが権利行使時に問題となった事例を分析しています。
これらの事例からも、単に、
制御部はXを実行する。
と上位概念的に記載するだけでなく、Xを実際の製品に実装した場合に想定される具体的な処理や動作についても検討し、明細書に開示しておくことが重要と考えられます。
この点については、以下の論文で詳しく検討しています。
「侵害訴訟に学ぶ,権利行使に資する制御系明細書作成のための留意点」(パテント2021, Vol.74, No.12)
したがって、発明上重要な機能を実現する処理まで具体的に記載しておくことは、日本における権利行使の観点からも重要であり、米国ではこれに加えて§112(f)という観点からも重要になると整理できます。
翻訳の段階だけでは対応できない
以上を踏まえると、この問題について重要なのは、米国出願時にどのような英語表現を選択するかだけではありません。
例えば、日本語の原文明細書に、
制御部はXを実行する。
としか記載されていなければ、米国出願時にcontrol unitを別の英語表現に変更したとしても、Xを実現するための具体的な構造や処理が原文明細書に新たに開示されるわけではありません。
特に、PCT出願を経て米国へ移行する場合には、米国移行時に原文明細書に存在しない事項を追加することはできません。
したがって、米国出願を予定する場合には、翻訳段階で対応することだけを考えるのではなく、原文明細書の作成段階から、制御部のハードウェア構成や、発明上重要な機能を実現する処理を記載しておくことが重要です。
英文作成段階でも表現を検討する
もっとも、原文明細書を十分に作り込んだうえで、米国出願時の英語表現を検討することにも意味があります。
前述したように、MPEP §2181では、unit、module、deviceなどが、場合によってはmeansに代わるgeneric placeholderとして扱われ得ることが説明されています。
そのため、日本語の「○○部」を機械的に○○ unitなどと翻訳するのではなく、原文明細書の開示内容や当該技術分野における用語の意味を踏まえて、どのような英語表現が適切であるかを検討することが重要です。
ただし、英語表現を工夫したとしても、原文明細書に存在しない構造や処理を新たに追加できるわけではありません。
したがって、
原文明細書の段階で必要な技術内容を十分に開示しておくこと
と、
その開示内容に応じて米国実務を踏まえた英語表現を選択すること
の双方が重要です。
まとめ
「制御部」「処理部」「判定部」などについては、
制御部がプロセッサ等によって実現されることを原文明細書に記載しておくこと
に加えて、
発明上重要な機能について、プロセッサがどのような処理を行うことによって、その機能を実現するのかを記載しておくこと
が重要です。
後者は米国特有の話ではなく、日本における権利行使を考えるうえでも重要です。そのうえで米国では、§112(f)が適用された場合のcorresponding structureやalgorithmという観点から、さらに注意が必要になります。
また、英文作成の段階では、日本語の「○○部」を機械的に○○ unitなどと置き換えるのではなく、原文明細書の開示内容と米国特許実務の双方を踏まえて、適切な英語表現を検討することが重要です。
このように、米国出願を見据えた明細書作成では、単に日本語を正確に英語へ置き換えるだけではなく、原文明細書の作成段階と英文作成段階のそれぞれで、米国特許実務を踏まえた検討を行うことが重要だと考えます。
米国特許実務を踏まえた特許翻訳・英文明細書作成
当事務所では、AI活用型 特許翻訳・英文明細書作成サービスを提供しています。
本サービスでは、AIを活用して翻訳を行うだけではなく、弁理士が原文明細書と英文を確認し、米国特許実務を踏まえてクレームや明細書の英語表現を検討します。
例えば、本記事で取り上げた「○○部」のような表現についても、日本語を機械的に○○ unitと置き換えるのではなく、原文明細書に開示された構造や機能を確認したうえで、適切な英語表現を検討します。
もっとも、本記事で説明したように、翻訳の段階だけでは対応できない問題もあります。 原文明細書に必要な構造や処理が開示されていなければ、英文作成の段階でそれらを新たに補うことはできません。
そのため、当事務所では、出願時点で米国出願を予定しているか否かにかかわらず、将来の米国出願にも対応できることを意識して、原文明細書を作成しています。 制御系の発明については、本記事で説明したような米国特許実務も踏まえながら、制御部の具体的な構成や、発明上重要な機能を実現する処理についても検討したうえで、明細書を作成します。
このように、原文明細書の作成段階では将来の米国出願も見据えて必要な開示を検討し、英文作成の段階では米国特許実務を踏まえて適切な英語表現を検討することを重視しています。
特許翻訳・英文明細書作成についてご検討の場合は、以下のページをご覧ください。
