米国での特許審査において、単数形で導入した構成を複数形で受けたことにより、先行詞の不在(Lack of Antecedent Basis)を理由として35 U.S.C. §112(b)の拒絶を受けた経験を持つ方は多いのではないでしょうか。
例えば、次のようなケースです。
Claim 1:
An apparatus comprising: A; and B.Claim 2:
The apparatus of claim 1, wherein a plurality of the As are arranged on the B.
Claim 1では「A」が単数形で導入されています。これに対して、Claim 2では「the As」と複数形で受けています。
このような場合、「the As」は複数形であるのに、その先行詞となり得る「A」が単数形であることから、「the As」には適切なantecedent basisが存在しないと指摘されることがあります。
しかし、独立クレームでは構成を単数で広く規定しつつ、従属クレームでは当該構成が複数存在する場合に限定したいことは珍しくありません。
では、単数形で導入した構成を従属クレームで複数化する場合、どのように両者の関係を表現すればよいのでしょうか。
実際に米国で登録されたクレームを調べてみると、いくつかの表現方法が確認できましたので紹介します。
「at least one」により複数である場合をあらかじめ包含する
まず、Apple Inc.のUS 10,573,368 B2です。
Claim 1では、次のように規定されています。
at least one first integrated circuit
これに対して、Claim 3では、
a plurality of the first integrated circuits
と規定されています。
つまり、
at least one first integrated circuit
↓
a plurality of the first integrated circuits
という関係です。
先行するClaim 1において「at least one」と規定することで、first integrated circuitが複数存在する場合をあらかじめ包含しています。
その上で、Claim 3では「a plurality of the first integrated circuits」として、複数のfirst integrated circuitsが存在する場合に限定しています。
「the X is one of a plurality of Xs」とする
次に、Woven by Toyota, Inc.のUS 12,572,604 B2です。
Claim 1では、
a sensor configured to collect data
と、sensorが単数形で導入されています。
これに対してClaim 8では、
the sensor is one of a plurality of sensors
と規定されています。
つまり、
a sensor
↓
the sensor is one of a plurality of sensors
という関係です。
Claim 1で導入した「sensor」が「a plurality of sensors」のうちの一つであることを明示することで、単数のsensorと複数のsensorsとの関係を明確にしています。
この表現は、単数形で導入した構成を維持しながら、従属クレームで当該構成を含む複数の構成へ展開したい場合に参考になります。
「a plurality of Xs including the X」とする
さらに、US 11,862,133 B2では、Claim 1に、
a face defining a hole
と規定されています。
これに対してClaim 6では、
a plurality of holes including the hole
と規定されています。
つまり、
a hole
↓
a plurality of holes including the hole
という関係です。
この表現では、まず「a plurality of holes」として複数のholesを新たに導入した上で、その複数のholesに、先行するClaim 1で導入された「the hole」が含まれることを明示しています。
個人的には、単数の構成と複数の構成との包含関係が文言上明確であり、分かりやすい表現だと感じます。
「first」「second」を用いる方法
以前、米国代理人とこのテーマについて議論した際には、「first」「second」を使用して各構成を個別に導入する方法を推奨されたことがあります。
例えば、概念的には次のような表現です。
Claim 1:
An apparatus comprising: a first A; and B.Claim 2:
The apparatus of claim 1, further comprising: a second A;
wherein the first A and the second A are arranged on the B.
「first A」と「second A」をそれぞれ明示的に導入するため、antecedent basisは明確になります。
しかし、私としては、「first」「second」を用いる方法については、発明の内容によって慎重な検討が必要であると考えています。
Antecedent basisだけを考えて「first」「second」を使ってよいか
例えば、複数のAが重力方向に並んでおり、下側に位置するAほどサイズが大きくなることが発明の特徴であるとします。
これを「first」「second」を使って、
The second A located below the first A has a larger size than the first A.
と表現したとします。
一見すると、2つのAの位置関係とサイズの関係を規定できているように見えます。
しかし、例えば先行文献に3個のAが鉛直方向に並び、
- 上側のA:小
- 真ん中のA:大
- 下側のA:小
という構成が記載されていた場合はどうでしょうか。
上側のAを「first A」、真ん中のAを「second A」と対応付ければ、
second Aがfirst Aより下側に位置する
second Aがfirst Aより大きい
というクレームの文言を満たす可能性があります。
しかし、この先行技術は、「下側のAほど大きなサイズを有する」という発明の技術思想とは異なります。
「first」「second」を使用した結果、本来表現したかった複数のA全体にわたる位置とサイズとの関係がクレームに十分に反映されず、異なる技術思想に基づく先行技術によって新規性・進歩性を否定される余地が生じることになります。
米国の特許審査では、係属中のクレームには、明細書と整合する範囲でBroadest Reasonable Interpretation(BRI)が適用されます。MPEP §2111も、審査中のクレームについて「broadest reasonable interpretation consistent with the specification」を与えることを明記しています。もっとも、BRIは「broadest possible interpretation」を意味するものではなく、明細書や図面、当業者の理解と整合する合理的な解釈でなければなりません。
したがって、antecedent basisを明確にすることだけを目的としてfirst、second等の表現を採用すると、BRIの下では、出願人が意図した技術思想よりも広くクレームが解釈される場合があります。
Antecedent basisを確保することはもちろん重要ですが、それだけではなく、想定される先行技術との構成上の差異や、発明の技術思想を適切に表現できるクレーム表現を選択する必要があります。
Antecedent basisは単なる形式論ではない
antecedent basisについて重要なのは、単数形と複数形が形式的に一致しているかどうかだけではありません。
MPEP §2173.05(e)では、antecedent basisについて、
“the failure to provide explicit antecedent basis for terms does not always render a claim indefinite.”
と説明されています。
さらに、当業者がクレームの範囲を合理的に把握できるのであれば、そのクレームはindefiniteではないとされています。
したがって、単数形で導入された構成を複数形で受けているという形式的な不一致だけから、直ちに35 U.S.C. §112(b)違反となるわけではありません。
もっとも、実際の審査においてantecedent basisの不備を指摘されれば、その対応には手間がかかります。
そのような指摘を受けるリスクを避けるという実務的な観点からは、
at least one X → a plurality of the Xs
a X → the X is one of a plurality of Xs
a X → a plurality of Xs including the X
など、実際の米国登録クレームで用いられている表現も参考にしながら、単数の構成と複数の構成との関係を明示することが一案となります。
単数の構成を複数化するという一見単純なクレームドラフティングでも、antecedent basisだけではなく、BRIの下でどのようにクレームが読まれるか、さらには想定される先行技術との違いを適切に表現できているかまで考えて、表現を選択することが重要だと考えます。
AI翻訳を利用したクレーム作成では
近年では、生成AIを利用することで、日本語の特許明細書やクレームから、かなり自然な英文を作成できるようになりました。
一方、今回紹介した単数表現から複数表現への展開は、単に日本語を正確に英訳すれば解決できる問題ではありません。
例えば、独立クレームで「一つのA」と記載され、従属クレームで「複数のA」と記載されている場合、AIはそれぞれを、
an A
a plurality of As
と翻訳すること自体はできます。
しかし、米国クレームとしては、両者のantecedent basisをどのように確保するのか、at least one、one of a plurality of、including the、あるいはfirst、secondなどのうち、どの表現を採用するのかを検討する必要があります。
さらに、antecedent basisを明確にするだけでは十分ではありません。採用した表現がBroadest Reasonable Interpretation(BRI)の下でどのように解釈され、想定される先行技術との構成上の差異を適切に表現できているかについても検討する必要があります。
このような点は、AIによる翻訳結果を「自然な英語になっているか」という観点だけで確認していても、見落とす可能性があります。
私は、AIの翻訳能力を活用しつつ、このような特許実務特有の観点から弁理士が翻訳結果を確認することが、AI時代の特許翻訳では重要になると考えています。
当所では、この考え方に基づく「AI活用型 特許翻訳・英文明細書作成サービス」を提供しています。サービスの内容やAIを活用した英文作成の考え方については、次にまとめています。
