ブログの作成にAIを使い始めて気づいた、AIの文章の小さな癖

最近、このブログを書く際に、AIを使うことが増えました。

まず、自分で「今回は何について、どのような切り口で書くか」を考えます。大まかな構成も決めます。ブログの設計図を作るイメージです。そのうえでAIに文章の案を作ってもらい、出来上がった文章を自分でチェックして、修正していくという使い方です。

ブログを書くうえでは、これはなかなか便利です。

頭の中に「こういうことを書きたい」という考えはあっても、それを最初から文章にしていくには、それなりに時間がかかります。そこをAIに手伝ってもらうことで、ブログを書くスピードはかなり上がりました。

一方、この方法で何本かブログを書いていると、少しずつAIが書く文章の癖のようなものも見えてきました。

その一つが、文章としてはきれいにつながっているのに、よく読むと小さな論理の飛躍があることです。

間違ってはいない。でも、一段飛んでいる

例えば、ある具体的な事例について説明していた文章が、途中から、その事例の背後にある一般的な話に移ることがあります。

私自身、その分野のことを知っているので、AIが書いた文章を読めば、

「この事例を、例の観点で一般化したのだな。」

と理解できます。

しかし、そこで少し気になります。

この観点をまだ知らない読者にも、この文章は同じように理解できるだろうか。

一般化とは、具体的な事例に潜む本質を、特定の観点で切り出して、より広範な事例に適用できる概念を作る作業と言えます。

ところが、AIの文章では、ときどきこの観点を説明しないまま、

具体的な事例 → 一般化した概念

と文章を進めてしまう。

具体的な事例と一般化した概念を結びつける観点を知っている人にとっては問題ありません。しかし、それを知らない読者にとっては、「なぜ、ここで急にこの話になるのだろう」と感じるかもしれません。

AIが作った文章をチェックしていると、ときどき、このような一段飛ばしが気になります。

なぜ自分は「一段飛ばし」が気になるのか

何本かブログを書いているうちに、

「そもそも、なぜ自分はこういう小さな飛躍が気になるのだろう」

と考えるようになりました。

そこで思い出したのが、大学生の頃の経験です。

私は大学で物理を学んでいました。

当時、量子力学や統計力学の教科書を読んでいて、かなり苦労した記憶があります。

もちろん、内容そのものが難しいことも理由の一つです。しかし、それだけではありませんでした。

教科書を読んでいると、

「なぜ、この式から次の式になるのだろう」

「なぜ、ここでこの話が出てくるのだろう」

というところがあり、その間を自分で埋めながら読み進める必要がありました。

ところが、ゼミの輪講でチャールズ・キッテルの固体物理学の教科書を読み、その印象が大きく変わりました。

英語で書かれた教科書です。それにもかかわらず、不思議なくらいスムーズに読み進めることができました。

なぜ読みやすいのかを考えてみると、論理の段差がちょうどよかったのだと思います。

大きな段差を飛び越えながら進むのではなく、自分の歩幅に合った階段を一段ずつ登っていくように、次の話を理解できる。

その経験以来、私自身も、できるだけそのような文章を書きたいと思うようになりました。

すべてを説明すればよいわけでもない

もっとも、論理の飛躍をなくすために、すべてを細かく説明すればよいわけでもありません。

例えば、

A → B → C → D

という論理があるとします。

AからDへいきなり進めば、読者にとって段差が大きすぎるかもしれません。

だからといって、すべてを細かく分解して説明すれば、今度は文章が冗長になります。

重要なのは、読者が無理なく登れる高さに、階段の段差を合わせることなのだと思います。

専門家向けの記事と、初めてその問題を知る人向けの記事では、その高さも違うはずです。

ブログを書くときには、「内容が正しいか」だけではなく、

この記事を読む人は、ここから次の話へ無理なく進めるだろうか。

ということも考える必要があります。

AIにブログを書いてもらって、自分が大切にしていたことに気づいた

考えてみれば、これまで私は、ブログを書くときに「ここに論理の一段を置こう」などと明確に考えていたわけではありません。

おそらく、大学生の頃の経験もあって、必要な説明を間に入れることが習慣になっていたのだと思います。

ところが、AIが作った文章をチェックすると、その一段がないところが、ときどき目につきます。

そこで、

「ここには、この二つの話がなぜつながるのかを一文入れた方がよい」

「具体的な話から一般的な話に移る前に、なぜこのように一般化できるのかを説明した方がよい」

と修正します。

そういう作業を繰り返しているうちに、逆に、自分が文章を書くときに何を大切にしていたのかが見えてきました。

これは、AIを使ってブログを書くようになってからの、少し意外な発見です。

AIは、とてもきれいな文章を作ってくれます。

ただ、きれいにつながっている文章と、読者が一段ずつ理解できる文章は、必ずしも同じではありません。

ブログの作成をAIに手伝ってもらうようになって、大学生の頃にキッテルの教科書を読んで感じた、

「歩幅に合った階段を一段ずつ登っていくように理解できる文章」

という感覚を、久しぶりに思い出しました。

AIのおかげでブログを書くスピードが上がっただけでなく、自分がどのような文章を書きたいと思っていたのかにも、改めて気づくことができました。

それも、ブログを書くためにAIを使ってみて得られた、一つの収穫なのかもしれません。