先日、米国出願について、現地代理人から要約書(Abstract)を短くする予備補正を行ったとの連絡がありました。
米国の要約書については、150 wordsという基準があったと記憶していました。一方で、この字数制限は現在では以前と扱いが変わっていたはずです。
そこで、今回の補正をきっかけに、現在の米国実務では要約書の長さについてどのようなルールになっているのか、改めて確認してみました。
また、要約書は一見すると形式的な記載のようにも思えますが、過去には要約書の記載がクレーム解釈において参照された判例もあります。
そこで本記事では、要約書の長さに関する現在のルールを確認したうえで、クレーム解釈への影響も踏まえて、米国出願の要約書をどのように作成すべきか考えてみます。
要約書は150 words以内にする必要があるのか
まず、現在の37 CFR §1.72(b)を確認してみます。
同条では、要約書について、開示内容が許す限り簡潔にするとともに、
preferably not exceeding 150 words in length
と規定されています。
ここで重要なのは、“not exceeding 150 words”ではなく、“preferably not exceeding 150 words”とされていることです。
つまり、現在のRuleでは、150 wordsは絶対的な上限ではありません。
MPEP §608.01(b)も、要約書について、
preferably within the range of 50 to 150 words in length
としています。
また、150 wordsを超える要約書については、開示内容が許す限り簡潔なものとなっているかを確認すべきとされています。
したがって、現在の米国実務では、150 words以下とすることが望ましいものの、150 wordsを超えたことだけをもってRuleに違反するというものではないと理解できます。
以前は150 wordsが上限だった
一方、以前の37 CFR §1.72(b)では、
may not exceed 150 words in length
と規定されており、150 wordsが明確な上限とされていました。
この規定が現在の
preferably not exceeding 150 words in length
に変更されたのは、2013年のPatent Law Treaty(PLT)の実施に伴うRule改正です。
したがって、「米国の要約書は150 words以内」という理解は以前のRuleの下ではそのとおりでしたが、現在では150 wordsは絶対的な上限ではなく、推奨される長さという位置付けになっています。
もっとも、現在でも150 words以下とすることが推奨されています。そのため、実務上、要約書を150 words以下に整えること自体は不自然ではありません。
今回、米国代理人が予備補正によって要約書を短くしたのも、このような米国実務を踏まえたものと考えられます。
ただし、現在のRuleを見る限り、150 wordsを少し超えているからといって、必ず150 words以下に補正しなければならないわけではありません。
ここは、以前のRuleとの違いとして知っておいてよい点だと思います。
符号について
なお、今回の予備補正では、要約書を短くするにあたり、要約書に記載されていた符号が削除されていました。
PCT出願では、要約書において図面中の主要な技術的特徴に言及する場合、その特徴に対応するreference signを括弧内に記載するというルールがあります(PCT規則 8.1(d))。
そのため、PCT出願から米国へ移行した場合などには、
a controller (10), a sensor (20) …
といった符号を含む要約書が存在すること自体は珍しくありません。
一方、米国国内出願について規定する37 CFR §1.72(b)やMPEP §608.01(b)を見る限り、要約書中の符号を一律に削除しなければならないとの規定は見当たりません。
したがって、符号の削除は、米国のRuleによって一律に要求されるものではないようです。
要約書はクレーム解釈に使われるのか
ここまでであれば、「米国代理人が要約書を米国実務に合わせて整えた」というだけの話です。
しかし、もう一つ気になる点があります。
要約書の記載が、後のクレーム解釈に影響する可能性はないのでしょうか。
この点について興味深いのが、Federal Circuitの Hill-Rom Co. v. Kinetic Concepts, Inc., 209 F.3d 1337 (Fed. Cir. 2000) です。
当時の37 CFR §1.72(b)には、
The abstract will not be used for interpreting the scope of the claims.
との規定がありました。
文字どおり読めば、要約書はクレームの範囲を解釈するためには使用しないことになります。
ところが、Hill-RomにおいてFederal Circuitは、この規定はUSPTOにおける審査を規律するものであって、裁判所による侵害訴訟でのクレーム解釈を規律するものではないとしました。
そしてFederal Circuitは、要約書について、クレームの意味を判断する際の“potentially helpful source of intrinsic evidence”になり得るとの考え方を示しました。
したがって、
「要約書だからクレーム解釈には関係しない」
とはいえません。
その後、Ruleからも「クレーム解釈に使用しない」との規定が削除された
さらに興味深いのは、その後の37 CFR §1.72(b)の改正です。
2003年のRule改正により、
The abstract will not be used for interpreting the scope of the claims.
という文言そのものが削除されました。
その理由として、USPTOは、“to conform the rule to be consistent with Federal Circuit case law.”と説明し、直後に Hill-Rom Co. v. Kinetic Concepts, Inc., 209 F.3d 1337, 1341 n. (Fed. Cir. 2000)* を引用しています。
つまり、
- かつてRuleには「Abstractをクレーム解釈に使用しない」と明記されていた
- 2000年にFederal CircuitがHill-Romで、裁判所はこのRuleに拘束されず、Abstractをintrinsic evidenceとして参照できると判断した
- 2003年には、Ruleから「Abstractをクレーム解釈に使用しない」という文言自体が削除された
という経緯があります。
したがって、少なくとも現在の米国実務において、Abstractはクレーム解釈とは無関係な記載であると考えるべきではないでしょう。
もっとも、Abstractに何らかの記載があるだけで、直ちにクレームがその内容に限定されるわけではありません。 Abstractも、クレームやDetailed Descriptionなどとともに、特許文書全体の中で評価されるものと考えるべきでしょう。
要約書を短くすることも、内容の変更になり得る
このように考えると、今回のような「要約書を150 words程度に短くする」という補正についても、少し見方が変わってきます。
単に冗長な表現を削除するだけであれば、大きな問題はないでしょう。
一方、文章を短くする過程で、発明を構成する要素の一部を省略したり、複数の実施態様のうち一つだけを残したりすれば、補正後の要約書から読み取れる「発明」の内容が、補正前とは異なるものになる可能性があります。
もちろん、そのような記載だけで直ちにクレームの範囲が限定されるわけではありません。
しかし、上記の判例やRule改正の経緯を踏まえると、要約書もクレーム解釈において参照され得ます。
そのため、150 wordsに整えるための形式的な補正であっても、補正前後で発明についての説明が実質的に変わっていないかは確認しておく方がよいと考えます。
米国出願の要約書をどう書くべきか
以上を踏まえると、米国出願の要約書については、現在の37 CFR §1.72(b)に従い、開示内容が許す限り簡潔にし、150 words以下を一つの目安にするのがよいでしょう。
ただし、150 wordsは現在では絶対的な上限ではありません。
そのため、150 words以下にすること自体を目的として、発明の内容を過度に単純化したり、特定の実施形態に限定するような表現に変更したりする必要はないと考えます。
むしろ重要なのは、
要約書も特許文書の一部であり、後のクレーム解釈において参照される可能性がある
ということを意識して作成することです。
これは、外国出願時に現地代理人が要約書を補正する場合にも同じです。
「150 wordsにするための形式的な補正」と考えてそのまま受け入れるのではなく、補正によって発明の説明そのものが変わっていないか、クレームの限定解釈を示唆する記載になっていないかを確認しておくことには意味があると思います。
要約書はクレームやDetailed Descriptionと比べれば短い記載です。
しかし、短いからこそ、そこで「この発明は何なのか」を端的に表現することになります。
米国出願では、要約書を単なる形式事項として扱うのではなく、将来のクレーム解釈も意識しながら、簡潔かつ不用意に発明を限定しない記載にしておくことが重要だと考えています。
AI翻訳を利用する場合にも
現在では、AIに「150 words以下にしてほしい」と指示すれば、要約書を短くまとめること自体は容易です。
しかし、本記事で見てきたように、重要なのは単に所定の長さに収めることではありません。短くする過程で発明についての説明が変わっていないか、クレーム解釈上不用意な記載になっていないかについても確認する必要があります。
これは要約書に限らず、クレームや明細書のAI翻訳についても同じです。
AIによって自然な英文を作成できたとしても、その英文が米国特許実務においてどのような意味を持つのかは別途検討する必要があります。
当事務所では、AIを活用して特許明細書を翻訳するとともに、弁理士が原文明細書と英文を確認し、米国特許実務を踏まえてクレームや明細書の英語表現を検討する「AI活用型 特許翻訳・英文明細書作成サービス」を提供しています。
