ジレットモデル(消耗品モデル)の特許裁判例1

特許権侵害訴訟に学ぶ、ジレットモデル(消耗品モデル)における特許の活用 -消耗品市場への参入障壁を特許で築くには
で紹介する裁判例の詳細です。

 平成18(受)826(最高裁)
 被上告人特許権者:キヤノン
 上告人:リサイクルアシスト
 特許権:特許第3278410号
 特許製品:インクタンク

(1)特許発明の概要

 特許発明は、インクジェットプリンタにインクを補給するインクタンクに関する。図1Aに示すように、インクタンクは、負圧発生部材収納室と、液体収容室と、これらを仕切る仕切り板とを備え、仕切り板の端の連通口を介して、負圧発生部材収納室と液体収容室とが連通する。

【図1A】

 インクタンクの底板にはインク供給口が開口し、インクタンクの天板には大気連通口が開口する。インク供給口および大気連通口をふさぐ各シールをはがして、インクタンクをプリンタに装着することで、インクタンクとプリンタの記録ヘッドとが連通する。つまり、液体収容室から連通口を介して負圧発生部材収容室に流出したインクを、インク供給口から記録ヘッドへ供給可能となる。この際、インク供給口から記録ヘッドへのインクの供給に伴って、大気が大気連通口から負圧発生部材収納室に導入される。

 負圧発生部材収納室には、第1・第2負圧発生部材が収納され、これらが発生する負圧がインクの水頭圧に抗してインクを保持する。これによって、記録ヘッドからのインクの漏洩が防止される。また、天板から突出する複数のリブによって、天板と第1負圧発生部材との間にはバッファ室が設けられている。

 ところで、インクタンクの運搬中においては、インクタンクは例えば図1Bに示す姿勢となりうる。そのため、図1B中の矢印で示すように、連通口を介して液体収容室から負圧発生部材収容室に流入したインクがバッファ室に溢れ出る場合があった。したがって、ユーザが大気連通口のシールをはがすと、大気連通口からインクが漏れ出してユーザの手を汚すおそれがあった。

【図1B】

 これに対して、特許発明では、
①第1・第2負圧発生部材を圧接させて形成されるこれらの境界層である圧接部の毛管力を、第1・第2負圧発生部材それぞれの毛管力より高くする
②インクタンクの姿勢にかかわらず圧接部(境界層)の界面全体がインクを保持可能な量のインクを負圧発生部材収納室に収納する
といった構成を具備する。

 これによって、圧接部(境界層)の界面におけるインクが空気の移動を妨げる障壁となる。つまり、圧接部(境界層)がインクを堰き止めて、インクがバッファ室へ溢れ出るのを防止する。

(2)事案の概要

 上告人は、被上告人特許権者の使用済みのインクタンクにインクを再充填した製品を販売(リサイクル販売)していた。

 被上告人特許権者は、インクを再充填してインクタンクを再使用すると印刷品位の低下やプリンタ本体の故障などを生じさせるおそれがあることから、インクを再充填するための開口部をインクタンクに設けていなかった。これに対して、上告人は、インクタンクに穴を空けて、そこからインクを再充填していた。

 また、使用済みのインクタンクの内部にはインクが固着しているため、そのままインクをインクタンクに充填しても、圧接部(境界層)がインクを堰き止めてインクがバッファ室へ溢れ出るのを防止するといった特許発明の機能を発揮できない。そこで、被上告人は、インクタンクの内部を洗浄してからインクを再充填することで、特許発明の機能を回復させた製品を販売していた。

(3)裁判所の判断

 裁判では、特許権者により販売されて使用済みとなったインクタンクをリサイクル販売する行為の特許権侵害の成否を判断するに際して、特許権の消尽が争点となった。

 裁判所は、特許権の消尽を否定して、使用済みの特許権者のインクタンクにインクを再充填したインクタンクの販売に対する特許権に基づく差し止めを認めた。特に裁判所は、特許権の消尽について判断するにあたって『特許権者等が譲渡した特許製品につき加工や部材の交換がされ,それにより当該特許製品と同一性を欠く特許製品が新たに製造されたものと認められるときは,特許権者は,その特許製品について,我が国において特許権を行使することが許されるというべきである。』との基準を示した。その上で、裁判所は、インクを再充填するための穴をインクタンクに開けたり、インクタンクの内部を洗浄してからインクを再充填することで特許発明の機能を回復させたりする上告人の行為は、特許製品の新たな製造に相当するとして、特許権の消尽を否定した。