特許権侵害訴訟に学ぶ、ジレットモデル(消耗品モデル)における特許の活用 -消耗品市場への参入障壁を特許で築くには
で紹介する裁判例の詳細です。
平成21(ワ)3527等
原告特許権者:キヤノン
被告:サップ等
特許権:特許第3793216号
特許製品:インクタンク
(1)特許発明の概要
特許発明は、インクジェットプリンタにインクを補給するインクタンクに関する。図2Aに示すように、インクタンクは、プリンタ本体に装着されて使用され、インクタンクの電極とプリンタ本体の電極とが電気的に接触する。インクタンクには、当該インクタンクの状態をユーザに知らせるLEDが取り付けられている。プリンタ本体は、当該プリンタ本体に装着されたインクタンクのインク残量が不足していると判断すると、LEDを点滅させるための点灯制御信号を、電極を介してインクタンクに送信する。したがって、ユーザはLEDの点滅を目視することで、インク残量の不足を認識できる。
【図2A】
ただし、カラー画像を印刷するプリンタでは、互いに異なる色のインクを貯留する複数のインクタンクがプリンタ本体に装着される。そのため、複数のインクタンクのうち、対象となる一のインクタンクのLEDのみを点灯制御信号に応じて点灯させる必要がある。
そこで、特許発明に係るインクタンクは、コントローラとメモリとを搭載する。メモリには、インクタンクが貯留するインクの色を示すインク色情報が記憶される。これに対して、図2Bに示されるように、プリンタ本体は、インクタンクに対して色情報を送信してから点灯制御信号を送信する。インクタンクのコントローラは、プリンタ本体から受信した色情報がメモリに保存されるインク色情報と一致する場合には、色情報に続く点灯制御信号に応じてLEDを点灯させる一方、プリンタ本体から受信した色情報がメモリに保存されるインク色情報と一致しない場合には、色情報に続く点灯制御信号を無視する。
【図2B】
(2)事案の概要
原告特許権者は、インクジェットプリンタ並びに同プリンタに使用するインクタンクを製造・販売していた。被告は、原告製のプリンタに装着できるインクタンクを販売していた。
(3)裁判所の判断
裁判所は、被告のインクタンクの販売行為に対する特許権に基づく差し止めを認めた。また、原告特許権者は、インクタンクを備えたインク供給システムについても特許権を有していた。これに対して、裁判所は、インク供給システムの特許権の消尽を否定して、インク供給システムの販売についても差し止めを認めた。この理由として、裁判所は、『インク供給システムの発明において,インクタンクは,プリンタ装置本体と同等に重要な構成要素(主要な部品)であるといえ,その主要な部品を新たなものに交換する行為は,修理等の域を超えて,実施対象を新たに生産するものと考えられるから』と示している。
(4)私見
判決文によれば、『原告は、平成17年9月、それ以降に発売するプリンタを発光機能付きの原告製インクタンクでないと動作しないように設計した上、ICチップが搭載された原告製インクタンクの製造販売を開始した』と被告は主張している。かかる被告の主張の通りであれば、ICチップ(コントローラ)を搭載するインクタンクを市場のスタンダードとしつつICチップに技術的特徴を持たせて特許権で保護することで、消耗品(インク)の市場への他社の参入を効果的にけん制しようとする原告(特許権者)の戦略が見て取れる。